市川優の短編書房

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【小説】ポー『盗まれた手紙』推理者と犯人の知性のズレで生じる「落とし穴」

エドガー・アラン・ポー『ポー名作集』(丸谷才一訳、中央公論新社)より

『盗まれた手紙』

 

探偵はどのようにして犯人の心理を読むか。米国の小説家・詩人エドガー・アラン・ポー(1809-49)の「盗まれた手紙」(ポー名作集、丸谷才一訳、中央公論新社)に登場する探偵オーギュスト・デュパンは、その方法を作中で提示する。

物語はある貴婦人のもとに届いた「手紙」を大臣が盗んだことから始まる。その手紙には「或る第三者に暴露されると、さる高貴な方の名誉が問題になる」内容が書かれており、貴婦人は警視総監に手紙を取り戻すよう依頼した。

しかし、人員を動員して大臣の官邸を徹底的に捜索するが、手紙は一向に見つからない。煮詰まった警視総監はデュパンにアドバイスを求める。話を聞いたデュパンはもう一度官邸を調べるよう助言するが、彼はやり尽くしたとして受け入れない。

1カ月後、手紙がまだ見つからないと嘆きながら訪れた警視総監に、デュパンは例の手紙を差し出す。友人である「ぼく」にデュパンはどうやって手紙を取り戻したのかを語るとともに、なぜ警視総監らが見つけることができなかったのかを明らかにする。

それは、「推理者の側の知性と相手の知性を一致させる」ことができなかったからだという。自分ならどう隠すかを考えることばかりに夢中になり、悪漢の考えにまで及ばなかったことが彼らにとっての「落とし穴」となった。相手が自分と同じ知性を持つことを前提にしたため、大臣にまんまとやられてしまったのである。

この指摘は作中の警視総監だけでなく、私たちの日常にも当てはまるのではないだろうか。家庭や集団での人間関係を良好にするために、発言や行動の前に他人の考えを先読みすることがしばしばある。ただ、それは本当にその人の立場で思考しているか。振り返ってみると疑問に感じ、少々耳が痛くなった。