市川優の短編書房

小説、漫画などの短編作品を紹介します

【漫画/書評】萩尾望都『トーマの心臓』「異国」の記号が繋げる2人の少年

萩尾望都トーマの心臓』(小学館

 

冬の終わりのその朝、1人の少年が死んだ。トーマ・ヴェルナー。そして、ユーリに残された1通の手紙。「これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音」。信仰の暗い淵でもがくユーリ、父とユーリへの想いを秘めるオスカー、トーマに生き写しの転入生エーリク……。透明な季節を過ごすギムナジウムの少年たちに投げかけられた愛と試練と恩籠。今もなお光彩を放ち続ける萩尾望都初期の大傑作。

 

 

ある日自殺してしまった美しい少年トーマ。彼が愛した黒髪の少年ユーリのもとに、トーマからの手紙が届く。そこには「これがぼくの愛/これがぼくの心臓の音/きみにはわかっているはず」と書かれていた。

自分が愛される存在ではなく、また人を愛すべき存在ではないと思っていたユーリは、彼の愛から目を背けるために、彼の墓前でその手紙を破く。しかし、そこでトーマと同じ顔をした少年エーリクと出会うことになる。

エーリクとユーリは「光と影」の関係のようである。先生からの体罰を受けようとしたところをかばってくれたユーリに、エーリクが謝罪に向かう場面がある。そこでは、エーリクには後光が差し、その光によってユーリには深い影が落ちている。

トーマも回想シーンなどではキラキラとした光とともに描かれおり、彼と同じ顔という記号を持つエーリクにも、光をまとう資格があるのだ。この光の属性によって、エーリクが深い闇を抱えるユーリを救う者として存在していることを示しているのだろう。

 

もう一人、注目したいキャラクターがいる。ユーリと同じ部屋に住む少年オスカーだ。ユーリとオスカーには共通点がある。それは「異国」という記号だ。

あこがれていた南米へと写真を撮りに行ったオスカーの父。アラブ人であったユーリの父。

二人の父親はともに異国と結びつけられている。そして、その息子であるユーリとオスカーも異国と結びつけられ、それは他と異なる者として記号上で表される。たとえばユーリは学内で唯一の黒髪を持つ少年であり、オスカーは1年遅れて編入してきた少年であるといったところだろうか。

彼らはストーリー上で感情を互いにぶつけあい、離れたりくっついたりを繰り返す。ただ、「異国」という記号が彼らには常に共通点として根底に存在し続けている。

彼らはある意味での同種として強く結びつけられており、それゆえにオスカーは本作においてエーリクとは違う資格を有し、作品内において重要な役割を担うのである。

はぎお・もと

1949年、福岡県生まれ。69年、『ルルとミミ』でデビュー以来、SFやファンタジーなどを取り入れた作品を生み出し続けている。『ポーの一族』『11人いる!』ほか。