市川優の短編書房

小説、漫画などの短編作品を紹介します

2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

【漫画】沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』過激な表現の先にある少女たちのドラマ

沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』(太田出版) // リンク 権力という名の装置が、少女らをどれほど傷付け、そしてその所業を正当化するのかをまざまざと見せつけられた思いだ。 ブラッドハーレーという公爵家の養女に選ばれた少女たちは、馬車に乗って孤…

【小説】アンドルー・ラング編『マスターメイド』マイナスからプラスへと導く、旅の効果

アンドルー・ラング編『アンドルー・ラング世界童話集第1巻 あおいろの童話集』(西村醇子監修、杉本詠美ほか訳、東京創元社)より 『マスターメイド』 // リンク 人が旅に出る形式の物語はよくある。旅に出ることで未知の世界に触れ、再び以前いた場所へと…

【漫画】鶴田謙二『ポム・プリゾニエール』見る者を惹きつける自然的な女性の裸体

鶴田謙二『ポム・プリゾニエール』(白泉社) // リンク ページをめくるたびに、これでもかと裸女が出てくる。 鶴田謙二は『ひたひた 鶴田謙二イラスト集』(白泉社)でも本作と同じように、裸女を描いていた。恥毛や腋毛を生やした女性の裸は自然的であり、…

【小説】アンドルー・ラング編『アラディンと魔法のランプ』主人公だけが許される暴力性

アンドルー・ラング編『アンドルー・ラング世界童話集第1巻 あおいろの童話集』(西村醇子監修、菊池由美ほか訳、東京創元社)より 『アラディンと魔法のランプ』 // リンク ディズニーのアニメーション映画「アラジン」の原案だといえば、ピンとくる人も多…

【漫画】西村ツチカ『さよーならみなさん』心奪われる絵と不条理でユーモラスな物語

西村ツチカ『さよーならみなさん』(小学館) // リンク 漫画を表紙買いすることがある。ふと目に飛び込んできた絵に、心を奪われて。 本作もそう。キザギザと何度も書き込まれた背景、強調するために極端に歪められた構図にやられた。 どこか絵本のような雰…

【漫画】よしながふみ『愛すべき娘たち』男だけではなく、女も女のことがわからない?

よしながふみ『愛すべき娘たち』(白泉社) // リンク 男は女のことがわかっていない。確かにそうかもしれない。ただ、女も女のことをわかっていないのではないだろうか。 そんな漫画家からの問いかけを感じた本作の短編は、そのどれもが女性を軸にした物語…

【小説】アンドルー・ラング編『ヒヤシンス王子とうるわしの姫』自分に近い他者の存在で、本当の自分を知る

アンドルー・ラング編『アンドルー・ラング世界童話集第1巻 あおいろの童話集』(西村醇子監修、ないとうふみこほか訳、東京創元社)より 『ヒヤシンス王子とうるわしの姫』 // リンク うぬぼれが強いと自分の真の姿を認識できなくなる。物語はそうした教訓…

【漫画】藤田和日郎『邪眼は月輪に飛ぶ』未知なる恐怖に立ち向かうために必要な心得とは

藤田和日郎『邪眼は月輪に飛ぶ』(小学館) // リンク 自分が理解できぬ存在に、人間は恐怖を抱く。そして、その恐怖の対象を隔離または排除するなどして人類はその歴史を歩んできた。 本作で恐怖の対象となるのは、一匹のフクロウである。それに見つめられ…

【小説】重松清『卒業』数字だけでは見えない、自殺者そして残された者の思いと記憶

重松清『卒業』(新潮社) // リンク 現代の日本において、「自殺」は深刻な社会問題の一つである。 ただ、その問題の取り上げ方は自殺者数という数字に偏った語りが多く、自殺者、そして周りの人々への思いへの意識が欠けているように感じていた。 本作のテ…

【漫画】安野モヨコ『監督不行届』漫画家と監督による夫婦の日常と根底にあるプロ意識

安野モヨコ『監督不行届』(祥伝社) // リンク 女性漫画家が夫との夫婦生活を綴ったエッセイ漫画。ただし、二人の日常はやや特殊である。なぜなら、彼女の夫とは大ヒットを記録している「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの監督こと、庵野秀明だからだ。…

【漫画】コナリミサト『恋する二日酔い』お酒が彩る13人(?)の女性の物語

コナリミサト『恋する二日酔い』(イースト・プレス) // リンク 悲しいとき、嬉しいとき、辛いとき、楽しいとき。そんな人生の一場面をお酒とともに過ごす人も多いことだろう。 本作にはビールが物語に絡んだ13の短編がそろう。どの物語にも、冒頭の短編で…

【小説】谷崎潤一郎『刺青』刺青を介した男女の立場の逆転、そして完全な姿への変貌

谷崎潤一郎『谷崎潤一郎フェティシズム小説集』(集英社)より 『刺青』 // リンク 若い刺青師の清吉は、「光輝ある美女の肌」に、「己れの魂を刺り込む事」が長年の夢であった。ある日、料理屋の前に止まった駕籠の簾のかげから伸びる女の足を見て、この者…

【漫画】田中圭一『田中圭一最低漫画全集 神罰1.1』シュールな下ネタ、漫画の神様味

田中圭一『田中圭一最低漫画全集 神罰1.1』(イースト・プレス) // リンク 漫画家・手塚治虫をメインにしたパロディ漫画だ。ネタは基本的に下ネタばかりであるが、作風の再現度は非常に高い。イラストだけでなく、コマ割りや書き文字などの要素も模倣されて…

【小説】山川方夫『夏の葬列』過去と決別しようとした男が背負う、更なる罪

山川方夫『夏の葬列』(集英社) // リンク 主人公の男は、疎開児童として住んだ海岸の小さな町に約10年ぶりに訪れる。そして、喪服を着た小さな葬列を目にし、当時の記憶がよみがえる。 男は幼い時に航空機による戦闘に巻き込まれ、自分の命を守るためにあ…

【漫画】田中相『地上はポケットの中の庭』巨大な虫がやってくる非日常の日常

田中相『地上はポケットの中の庭』(講談社)より 『5月の庭』 // リンク 主人公の男子高校生・山崎が、アルバイト先のコンビニでコガネムシを助けた。すると、言葉を話す人間ほどのサイズのコガネムシが、恩返しをしようと彼のもとを訪れる。 ただ、向かっ…

【小説】平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』地図が親子の凶行を語る

平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社) // リンク 第59回日本推理作家協会賞を受賞した平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社)。表題作の語り手として登場するのはなんと、「地図」だ。 持ち主であるタクシー運転手、そ…

【漫画】平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』友との記憶に向き合い、自分のトラウマを乗り越える

平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(KADOKAWA) // リンク 亡くなった女友達の遺骨とともに、彼女との記憶の旅に出かける。そうした物語を荒々しく、そして繊細に描いた平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(KADOKAWA)。 主人公の女性シイノは、友人…

【小説】ゴーリキー『二十六人の男と一人の少女』劣悪な環境で生じる集団による負の「同一化」

ゴーリキー『ゴーリキー短篇集』(上田進・横田瑞穂訳編、岩波書店)より 『二十六人の男と一人の少女』 // リンク ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』(ゴーリキー短篇集、上田進・横田瑞穂訳編、岩波書店)では、劣悪な環境のパン工場で働く二十六…

【漫画】さわぐちけいすけ『僕たちはもう帰りたい』働く人なら理解できる悩み、ここにあり!

さわぐちけいすけ『僕たちはもう帰りたい』(ライツ社) // リンク わかる、わかるぞ、その悩み! 働く人たちの職場そして日常の悩みを題材にした『僕たちはもう帰りたい』(さわぐちけいすけ、ライツ社)。タイトルを一目見た瞬間に、「その言葉よくつぶや…

【小説】テッド・チャン『息吹』一人称で紡ぐ物語、そして卓越した描写力

テッド・チャン『息吹』(大森望訳、早川書房) // リンク 現代SF界を代表する作家との呼び声が高いテッド・チャンのSF短編集『息吹』(大森望訳、早川書房)。空気が空になった肺を満杯の肺と交換して生活を続け、そのモノたちには永遠の寿命がある。そうし…

【漫画】石黒正数『外天楼』短編がゆるやかに繋がり大きな物語を形作る

石黒正数『外天楼』(講談社) // リンク ギャグっぽい短編を読み進め、後半に「むむむっ」と思わせる展開に少し驚いた。石黒正数『外天楼』(講談社)は、一つひとつが短編として成立している小さな物語と、その全てが実は少しずつリンクして大きな物語を作…

【小説】チェーホフ『六号病棟』「世間」という権力が貼る狂人のレッテル

チェーホフ『六号病棟・退屈な話他五篇』(松下裕訳、岩波書店)より 『六号病棟』 // リンク ロシアの小説家チェーホフ(1860-1904)の『六号病棟』(六号病棟・退屈な話他五篇、松下裕訳、岩波書店)には、日常そして世間に潜むじめじめとした闇が描かれて…

【漫画】浅野いにお『零落』漫画家が描く世に自分に絶望する「漫画家」

浅野いにお『零落』(小学館) // リンク 30代後半ぐらいの男性漫画家を主人公に設定した、浅野いにお『零落』。仕事である漫画、そして家庭などで様々な問題に過剰に悩み、絶望する男の孤独が丹念に描かれている。 浅野は以前にも漫画家を主人公にしたこと…

【小説】ポー『盗まれた手紙』推理者と犯人の知性のズレで生じる「落とし穴」

エドガー・アラン・ポー『ポー名作集』(丸谷才一訳、中央公論新社)より 『盗まれた手紙』 // リンク 探偵はどのようにして犯人の心理を読むか。米国の小説家・詩人エドガー・アラン・ポー(1809-49)の「盗まれた手紙」(ポー名作集、丸谷才一訳、中央公論…

【漫画】穂積『式の前日』ある日の日常をミスリードで鮮やかに

穂積『式の前日』(小学館) // リンク 全7作を収録した穂積『式の前日』(小学館)の表題作は、男女の特別な1日が描かれている。「明日結婚する」「社会人三年目」「仕事も安定してきた」と、冒頭3ページに渡って人物の心の声が文字で浮かぶ。女性は明日結…

【漫画】九井諒子『竜の学校は山の上』人種の違いを深くかつ軽やかに表現

九井諒子『竜の学校は山の上』(エンターブレイン) // リンク 現在連載中である「ダンジョン飯」の九井諒子による全9作を収録した作品集『竜の学校は山の上』。その中の一作品『現代神話』では人類が「猿人」「馬人」に分かれた世界が描かれている。 猿人・…