市川優の短編書房

小説、漫画などの短編作品を紹介します

【漫画】浅野いにお『零落』漫画家が描く世に自分に絶望する「漫画家」

浅野いにお『零落』(小学館

 

30代後半ぐらいの男性漫画家を主人公に設定した、浅野いにお『零落』。仕事である漫画、そして家庭などで様々な問題に過剰に悩み、絶望する男の孤独が丹念に描かれている。

浅野は以前にも漫画家を主人公にしたことがある。『世界の終わりと夜明け前』という単行本に収録された『東京』だ。こちらの主人公は20代後半ぐらい。『零落』の主人公と同じく仕事に悩み、孤独感を抱えている。自分と改めて向き合うために田舎に帰り、子ども時代の記憶を辿る。

どちらの物語もハッピーエンドでなければ、バッドエンドでもない終わり方。どちらの主人公も、人と出会い、旅をする。その中でも葛藤が生まれ、孤独感や絶望感は決して癒えることはない。

なぜか。それは、この孤独感や絶望感に関する理由が特に存在しないからだ。仕事や家庭に関する文句や悩みを口にするが、そのどれが直接の原因になっているかは明らかにならない。それは、主人公自身にもきっとわかっていないからだろう。まるで空気のようにまとわりつく、決して説明のできない「空虚感」が作中にはひたすら漂っている。この何とも言えない空気感が現代を生きる人間の姿を、鏡のように映しているかに感じた。