市川優の短編書房

小説、漫画などの短編作品を紹介します

【漫画】穂積『式の前日』ある日の日常をミスリードで鮮やかに

穂積『式の前日』(小学館

 

全7作を収録した穂積『式の前日』(小学館)の表題作は、男女の特別な1日が描かれている。「明日結婚する」「社会人三年目」「仕事も安定してきた」と、冒頭3ページに渡って人物の心の声が文字で浮かぶ。女性は明日結婚式を挙げる予定であり、つまりこの日は結婚前夜。だからといって特別なことはなく、テレビを観て、晩飯を食べ、そして一緒に寝る。そんな何気ない日常が流れている。

ただ、物語の終わりが近づくと冒頭の心の声が再び出てきて、さらに「俺を育ててくれた」「八つ違いの姉が」「今日結婚する」の文字が続く。この言葉が、女性ではなく、男性のものであることがこの瞬間にわかると同時に、二人の関係が姉弟であることが明らかになる。

冒頭にある心の声によって、読者は自然とこの二人が明日結婚式を迎える男女のように見えてしまうだろう。ただ、読後に再び読みなおすと物語で描かれる二人は、夫婦のような関係にも姉弟のような関係にも映る。鮮やかなミスリードはどちらの関係にも見える巧みな構成とセリフの配置によって生み出されている。推理物でしばしば使われるトリックを、日常の物語に応用した作者の力量に脱帽した。