市川優の短編書房

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【小説】テッド・チャン『息吹』一人称で紡ぐ物語、そして卓越した描写力

テッド・チャン『息吹』(大森望訳、早川書房

 

現代SF界を代表する作家との呼び声が高いテッド・チャンのSF短編集『息吹』(大森望訳、早川書房)。空気が空になった肺を満杯の肺と交換して生活を続け、そのモノたちには永遠の寿命がある。そうした世界が表題作では描かれている。

主人公である解剖学を研究する「わたし」は、ある謎をきっかけにして関心を寄せていた「記憶の問題」に向き合う。そして、道具を使って自分自身の脳を直接観察する内に、自分たちに対する空気が持つ本当の価値を知り、ある未来を予感する――。

本作は全てが「わたし」による語りだ。この世界の日常も記憶に関する研究、そして研究によって導き出された発見も。これらを来るべき日のために銅板に文字として刻み込み、その内容をわれわれ読者は読む、または覗き込むこととなる。

19ページという短い文章量にもかかわらず、ある世界の形とそこに存在する一つのモノの思考を一人称で深く掘り下げていく。その描写力は見事だ。