市川優の短編書房

小説、漫画などの短編作品を紹介します

【小説】重松清『卒業』数字だけでは見えない、自殺者そして残された者の思いと記憶

重松清『卒業』(新潮社)

 

現代の日本において、「自殺」は深刻な社会問題の一つである。

ただ、その問題の取り上げ方は自殺者数という数字に偏った語りが多く、自殺者、そして周りの人々への思いへの意識が欠けているように感じていた。

本作のテーマの一つも自殺である。主人公である40歳の男性会社員・渡辺の職場に突然、制服姿の中学生・亜弥がやってくる。彼女の父親は渡辺の大学時代の同期であり、彼は14年前に会社の7階から飛び降りて自殺した。

亜弥は、自分が生まれる前に亡くなった父こと無責任な「あのひと」のことを渡辺から聞き出そうとする。その理由には、彼女が抱える悩みがあり――。

一人の自殺者と関わりがあったかつての友人、娘、以前の妻と再婚相手、それぞれの思いと記憶が交錯する。それぞれが14年後の立場から発する言葉は重く、深い。

物語では統計上の数字ではとても理解できない、自分で自分を殺す「自殺」によって取り残された者たちの姿がある。

主人公の男は自殺をこう例える。「コップの水は満杯になってからあふれてしまうわけではない。ほんのわずかでも、コップそのものが傾いてしまえば、こぼれる」。そして、そのコップは「きっと誰もが、それぞれの振り幅で」揺れているのだと。

本書が発行された2004年の自殺者の総数は32,325人(平成16年中における自殺の概要資料、警察庁生活安全局地域課)。2019年の総数20,169人(令和元年中における自殺の概状況、厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課)と比べると、その数は多い。

そうした状況を踏まえて、作者がこの物語を生み出したかどうかはわからない。

ただ、本作には小説というフィクションだからこそできる、人間たちのリアルな生が色濃く描かれている。