市川優の短編書房

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【小説】ゴーリキー『二十六人の男と一人の少女』劣悪な環境で生じる集団による負の「同一化」

ゴーリキーゴーリキー短篇集』(上田進・横田瑞穂訳編、岩波書店)より

『二十六人の男と一人の少女』

 

ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』(ゴーリキー短篇集、上田進・横田瑞穂訳編、岩波書店)では、劣悪な環境のパン工場で働く二十六人の男が主人公である。「私たち」という一人称複数で物語は進んでいく。

この一人称複数で描くことによって際立つのは、彼らの存在が集団的であるということだ。一人ひとりの個性を排除して同一化することで、彼らの意思や行動を一つの集団としての意思や行動として読ませる。

「しょっちゅう顔をつきあわせていたので、みんな仲間の顔の皺の一本一本まですっかり知りつくして」おり、「私たちはなにも話すことがなかった」。彼らは「周囲のものが何一つ少しの変化もみせない」生活を過ごし続けている。

そんな彼らの唯一の光が、工場のある家の2階の店で小間使として働く、16歳の少女ターニャの存在であった。毎朝、パンを求めてやってくる彼女だけに対しては、彼らは特別に扱う。そして、彼女との時間を楽しげに語ったりもしていた。

しかし、そんな彼女もある男との出会いによって、二十六人の男たちとの間に確執が生まれる。そしてある日をきっかけにターニャは彼らのもとを去っていく。

陽の光も通らない地下の工場で働く彼らにとって、彼女は「太陽のかわりをなすものであった」。「聖像」のような存在を失った彼らがどうやってこれからを生きていくのか。物語は「穴倉のなかにかえって」幕を下ろす。