市川優の短編書房

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【小説/書評】平山夢明『暗くて静かでロックな娘』大切な人の存在を認識させるモノとは

平山夢明『暗くて静かでロックな娘』(集英社

 

大切な人の存在を認識させるモノとは何か。

男はある女と出会う。彼女は目も見えず、耳も聞こえないのだが、彼の香りに強く反応して彼の腕に抱きついた。そこから二人の物語は始まる。

彼女は彼女の父親と一緒に「手斧ショー」という危険な仕事をしている。彼女が的となり、父は彼女に当たらないギリギリの場所に斧を投げて会場を盛り上げるのだ。

父は彼女のことを「何も見えず、何も聞こえずだからナイフの前に立っても怖がるってことがねえ」と話し、この仕事にぴったりだと語る。しかし、二人はある危険な賭けに乗ってしまい――。

彼女の右腕にはタトゥーがある。「さらまんだ」「ヒロシ」「国定」「マーク」といった歴代の彼氏の名前だ。

目も見えず、耳も聞こえない彼女にとって、自分に大切な人がいるということを認識する方法はタトゥーを彫ることだ。肉体的な痛みとともに刻まれた文字は、感覚を通じて他人と自分を結ぶ役割を果たしているのだろう。

もう一つの認識する手段は、香りである。彼女は人の気持ちすらも匂いになると言い、彼の匂いを「哀しみの塊」と語る。

彼はその感覚を当初理解できなかったが、やがて彼女という確かな存在を失うことでわかるようになる。それは一人の人間がいなくなるということは、目でも耳でもその存在を認識できなくなることだからだ。

そして、彼女と同じ条件になった彼は彼女の身体の一部を手にした。そして、そこに「哀しい匂い」を嗅ぎ取るのである。